高齢社会を生きる

高齢社会を見事に生きる

人生に余生などはない。

せっかく授かった生命を見事に生き抜くということが、正に一生懸命そのものということ。

 

見事に生きる、長生きとは人の心を打つ何かを心の片隅におき、真剣に生きるということである。

日々・・・一時、一刻を真剣に・・・かといって緊張の連続では身が亡ぶ。

時に息抜きが必要になる。息抜きという手段は精一杯物に取り組む目的のための活力再生の手段であって、単なる遊びではない。遊びとはまた別の意をもつものであると私は思う。

もし、余生を楽しみたいというのなら、八十歳を過ぎて考えてみればいい。遅くはない。それなら何となく実感が湧くというもの。いずれにしても私は、余生というものの考え方には賛成できない。

大橋 春男

次回・・・幸せな高齢者の三つの条件

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